苦難が情熱を生み、情熱が苦難を乗り越えさせる。 日々の記録です。

2009年1月31日土曜日

肺動脈カテーテル(Swan-Ganzカテーテル)

肺動脈カテーテル(Swan-Ganzカテーテル)について  麻酔科モーニングカンファ2009.01.30 藤本陽介

循環動態野の把握は、 肺動脈カテーテルの登場以前は臨床所見による定性的評価に依っていたが、肺動脈カテーテルにより以下のパラメータを定量的に評価できるようになり、クリティカルケアにおいて頻用されている。
◇心血管パラメータ
中心静脈圧      CVP 1~6mmHg
肺毛細血管楔入圧 PCWP 6~12mmHg
心係数      CI 2.4~4L/min/m2
一回拍出量 SVI 40~70mL/beat/m2
右室駆出率 RVEF 46~50%
右室拡張終期容量係数 RVEDVI 80~150mL/m2
左室1回仕事係数 LVEDVI 40~60g.m/m2
右室1回仕事係数 RVSWI 4~8g.m/m2
体血管抵抗係数 SVRI 1600~2400dyne.s.cm−5.m−2
肺血管抵抗係数 PVRI 200~400dyne.s.cm−5.m−2
◇酸素運搬パラメータ
酸素供給量 DO2 520~570mL/min/m2
混合静脈血酸素飽和度 Sv(-)O2 70~75%
酸素摂取量 VO2 110~160mL/min/m2
酸素摂取率 O2ER 20~30%

適応
・心循環機能評価:心臓血管手術、急性心筋梗塞、心不全を伴う弁膜疾患、心タンポナーデ、収縮性心外膜炎
・ショックの診断・治療:心原性ショック、敗血症性ショック
・呼吸不全の診断:肺梗塞・肺塞栓、肺水腫、肺高血圧症
AHA/ACCの心不全の評価と管理に関するガイドラインでは、class1で推奨される条件として以下の2つ
・心原性ショック/急性肺水腫の場合
・心原性肺水腫か非心原性肺水腫か確定できないとき
挿入のこつ
・穿刺部位:左鎖骨下静脈(カテーテルの自然な湾曲に添った挿入が可能)、右内頸静脈(穿刺方向が右房に向かっており挿入が容易)
・ 心音を利用:心臓内の血流は拍動により変化している。血流のリズムをうまく利用して肺動脈まで進めるために、心電図のbeep音(R波に同期)を利用。バ ルーンが右房内にあるときは心房の収縮に合わせるためP波の直後・beep 音の直前にカテーテルを進めるイメージ。右室内にあるときは、心室の収縮に合わせるためbeep音の直後に進めるイメージで。
右心室・肺動脈に入らないとき
・カテーテルを冷却する:カテーテルは三尖弁を通過しやすいように整形され湾曲しているが、熱可塑性の材質のため長時間挿入操作をしていると体温により湾曲が解除されてしまう。一旦拔去して氷水で冷却し湾曲を再現してから再度試みると上手くいくことがある。
・バルーンを生食で膨らませる:右室に入らないとき。バルーンに重量をもたせ患者を左側臥位にし右室に落とす。右室に入れば生食を空気と置換。
・バルーンを膨らまさずに進める:三尖弁閉鎖不全では、逆流によりバルーンが押し戻される場合がある。その場合バルーンを膨らまさずに挿入すると逆流の影響を少なくできる。
・透視下で挿入する
合併症
穿刺時:動脈穿刺、出血、気胸、神経損傷
挿入時:不正脈、抜去困難、心臓・肺動脈穿孔
維持中:不整脈、血栓(カテーテル閉塞、静脈内血栓)、肺梗塞、感染CRBSI・敗血症、肺動脈弁損傷、血小板減少
これまでの臨床研究では,肺動脈カテーテル使用の有無は,在院日数や患者死亡率の改善に寄与していない。
The effectiveness of right heart catheterization in the initial care of critically ill patients. SUPPORT Investigators JAMA, 1996;276:889.
集中治療室入院の5,735人を対象.入院後24時間以内の肺動脈カテーテル使用群と不使用群を重症度で補正して比較。使用群で30日以内の死亡が有意に高くなった。入院費用の合計は使用群で有意に高い。

Assessment of the clinical effectiveness of pulmonary artery catheters in management of patients in intensive care (PAC-Man): a randomised controlled trial. Lancet 2005;366:472.
集中治療室入院1,041人を対象。肺動脈カテーテル使用群と不使用群で比較。使用群の死亡率は68%、非使用群の死亡率は66%と差が認められず。

近年は心エコーや非侵襲的心拍出量モニターなどによる非侵襲的血行動態評価が可能となってきており、従来程は使用されなくなっている。
Trends in the use of the pulmonary artery catheter in the United States, 1993-2004 JAMA 2007;298:423.
1993年から2004年の間に肺動脈カテーテルの使用は内科入院で65%減少し、外科入院でも63%減少。最も減少した対象疾患は心筋梗塞(81%減少)

「肺動脈カテーテルはモニター機材であり治療手段ではない。」(ICUbook)
モニターをつけただけでは患者はよくならない。医師の肺動脈カテーテルの測定値の解釈能力不足を指摘する報告もあり。

低侵襲連続心拍出量モニター
連続心拍出量測定の方法としては、肺動脈カテーテルによる熱希釈法が現在最も頻用されているが、その侵襲は大きく上記の合併症もある。最近では、より侵襲の少ないモニタリング方法として、以下のような方法が開発されている。
◇圧波形分析式心拍出量測定法(PCCO: pulse contour cardiac output)
動脈圧ラインを利用し脈波から算出される脈圧と心拍出量に一定の関係があると仮定して心拍出量を推測。この関係は非線形であり、変化が大きい場合は再較正が必要。また人工心肺や血管作動薬などにより血管特性が短時間で変化すれば推測値と実測値の解離拡大。

◇二酸化炭素再呼吸による連続心拍出量モニタ
再呼吸による二酸化炭素産生量の変化、呼気終末時二酸化炭素分圧、SpO2、血液ガスなどから混合静脈血酸素含量、動脈血酸素含量、生理学的シャントを定量し肺毛細血管血流を推定する事によって、気管挿管患者において非侵襲的に心拍出量を推定。
測定サイクル中に二酸化炭素産生量や静脈内含量の上昇、肺内シャント量の変化があると精度に影響。

参考文献
ICUブック
展望集中治療医学
救急医学vol.30no.3MARCH.2006
日本麻酔科学会第53回学術集会パネルディスカッション 低侵襲連続心拍出量モニタはどこまで進歩したか

2009年1月4日日曜日

周術期、ICU重症患者における血糖管理 

周術期、ICU重症患者における血糖管理    麻酔科モーニングカンファ 20081226

周術期・ICUにおける高血糖
手術侵襲をうける周術期患者や敗血症などの重症患者においては、高 血糖がみられることが多いが、過去においては、高血糖は生体侵襲に対する神経内分泌反応によるストレス応答であり、脳、赤血球、障害組織へのブドウ糖供給 を行う適応反応と考えられ、周術期管理、ICUでは低血糖による中枢神経障害のリスクの懸念から厳密な血糖管理はなされず、随時血糖 値150〜200mg/dlが管理値とされてきた。
しかし、高血糖は創傷治癒、脳血管障害における臨床予後悪化、周術 期感染症などにおけるリスク因子であることが報告されている。また2000年代に入り、周術期管理、ICUにおいても血糖管理をより厳格に実施することに より術後合併症及び死亡率が減少するとする報告がなされ、強化インスリン療法 Intensive Insulin Therapy IITとして厳格な血糖管理を行う流れができた。

強化インスリン療法の根拠
○Van den Berghe G, Wouters P, Weekers F, et al: Intensive insulin therapy in the critically ill patients. N Engl J Med 345:1359-1367, 2001
APACHEⅡスコア9レベルの外科ICU患者1,548名を対象。 血糖値の管理目標を80〜110mg/dlに置き管理するintensive treatment群と、従来の180〜200 mg/dlで管理したconventional treatment群を比較。結果は、ICU在室中死亡率(4.6% vs 8.0%、p<0.04)、入院死亡率(7.2% vs 10.9%、p=0.01)、ICU在室中の敗血症(22.4% vs 26.7%、p=0.003)、重症多発神経障害の発症(28.7% vs 51.9%、p<0.001)等多くの項目でintensive treatment群に改善がみられた()。
図_1(図)外科ICU患者での血糖コントロール値の差によるその後の生命予後をカプランー マイヤー曲線で示した累積生存率
A:ICU生存退室患者の比較(群間に有意差あり:p<0.04)
B:生存退院患者の比較(群間に有意差あり:p<0.01)

○Van den Berghe G, Wouters PJ, Bouillon R, et al: Outcome benefit of intensive insulin therapy in the critically ill: insulin dose versus glycemic control. Crit Care Med 31:359–366, 2003
APACHEⅡスコア23レベルの内科系ICUの患者1200人を対象。intensive treatment群(血糖値80〜110 mg/dL [4.4〜6.1 mmol/L] にする)とconventional treatment群(血糖値が 215 mg/dL [12 mmol/L] を超えた場合にインスリンを投与し 180 mg/dL [10 mmol/L] 未満は注入量を漸減)を比較。患者の 16.9%に糖尿病の既往。intensive treatment群で急性腎不全合併率、人工呼吸管理期間、ICU管理期間が有意に減少、特にICU 在室日数が 3 日以上の患者 767 例では,強化インスリン療法を受けた 386 例の院内死亡率は 52.5%から 43.0%に低下した。
○Finney SJ, Zekveld C, Elia A, et al: Glucose control and mortality in critically ill patients. JAMA 290:2041-2047, 2003
外科、内科患者523人対象(85.1%が心血管術後患者、16.4%の糖尿病患者含む)
重症患者度やICU死亡率はインスリン投与量の増加と正の相関にあり、血糖値145~200mg/dlの管理と比較し、血糖値144mg/dl以下の管理ではICU死亡率が有意に低下したと報告。

2004年初版Surviving Sepsis Campaign guidelines(SSCG)米国集中治療医学会・欧州集中治療医学会
以上の報告と、それらをメタ解析した結果、死亡率・有病率をともに 減少させるには110mg/dl以下を目標とする必要があるがそれにより低血糖発生率が有意に上昇し、110~150mg/dl目標では死亡率を有意に減 少でき有病率に低下も有意に減少せず低血糖発生率も増加しないと結論された。
これらの報告をうけ、血糖値管理はインスリンとは独立した因子としてICU重症患者の死亡率低下、生命予後改善に重要な要素であると考えられるようになり、敗血症における推奨管理血糖値を150 mg/dL(8.3mmol/L)未満とするガイドラインが発表された。

2008年改訂版SSCG
・高血糖を伴うICU患者、重症敗血症では血糖降下目的でインスリン持続静注を行う(Grade1B)
・インスリンの持続投与の目標血糖値は150 mg/dL未満を推奨(Grade2C)
・インスリン持続静注を行う全例でグルコース負荷を行い、血糖値とインスリン投与速度が安定するまでは1-2時間毎、安定後は4時間毎に血糖測定(Grade1C)
・毛細血管からの血糖値測定は、動脈血や血漿グルコース濃度と解離しやすく要注意(Grade1B)
   推奨度1(強く推奨)2(弱く推奨)/evidence grade A(高)-D(低)

強化インスリン療法の問題点 低血糖
強化インスリン療法ではインスリン投与により厳格な血糖管理を目指すが、必然的に低血糖のリスクがある。
2003年4月から2005年6月までにドイツの18施設 の大学病院ICUで検討されたVISEPトライアル(the Efficacy of Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis trial)では、intensive insulin therapy群の28日死亡率は24.7%、conventional therapy群の28日死亡率は26.0%とintensive insulin therapy群に死亡率減少傾向を認めるものの有意差は認められていない。一方でintensive insulin therapy群で17%の低血糖合併を認め、conventional therapy群の4.1%と比較して有意に高い低血糖合併の危険性が示唆され、強化インスリン療法による低血糖合併の危険性を示した。
糖尿病罹患患者では、強化インスリン療法が無向であるばかりか有害となる可能性があるとする以下の報告もあるため、150 mg/dLレベルの血糖値管理を目標とするのが良いと考えられている。
・Van den Berghe G, Wilmer A, Milants I, et al: Intensive insulin therapy in mixed medical/surgical intensive care units: benefit versus harm. Diabetes 55:3151-3159, 2006
・Rady MY, Johnson DJ, Patel BM, et al: Influence of individual characteristics on outcome of glycemic control in intensive care unit patients with or without diabetes mellitus. Mayo Clin Proc 80:1558-1567, 2005


持続血糖値モニタリング
強化インスリン療法中の低血糖の回避には、頻回 の血糖測定、インスリン投与量の調節を要するが、間欠的血糖測定による強化インスリン療法では低血糖イベントは一定の頻度で避けられないと考えられてい る。この問題の解消には、持続的血糖モニターが有用と考えられ、臨床応用にむけ開発研究中である。
皮下脂肪糖濃度が血糖値と正の相関を示すことを利用した皮下グルコースセンサー、腸液を用いた微量持続解析、動脈圧ラインからの持続測定などが検討されている。
人 工膵臓STG-22(日機装、東京、日本)による持続的血糖モニターの精度を検証したThe accuracy of continuous blood glucose monitor during surgery Anesth Analg 2008;106:160-3では、持続的に測定される血糖値は、同時に間欠的に測定した血糖値と 21%の範囲内で一致し、術中血糖モニター、強化インスリン療法に有用である可能性を示している。

参考 Continuous Glucose Monitoring and Intensive Treatment of Type 1 Diabetes
The Juvenile Diabetes Research Foundation Continuous Glucose Monitoring Study Group NEJM 2008
成人1型糖尿病で持続的血糖モニターが血糖コントロールを改善したと報告。以下のような持続血糖測定器を使用した。


参考図書
ICUとCCU集中治療医学 vol.31 No.7 特集:集中治療・周術期管理と長期予後
            vol.32 No.9 特集:改訂版Surviving Sepsis Campaign guidelinesをめぐって
臨床麻酔 vol.31/No.1(2007-1) 周術期の血糖管理 
        /No.6(2007-6) 周術期の血糖コントロールの意義